2023/07/22 医療法務
クリニックの法務と個人情報保護法その10:個人情報を取得・利用する際の義務⑥
みなさん、こんにちは。
関東地方は、本日、ようやく梅雨が明けました。これから、夏本番。今年はどのくらいまで暑くなるのでしょうか・・・
さて、前回は、個人情報の目的外利用ができる例外(法定除外事由)のうち、「公衆衛生の向上又は又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」(法18条3項3号)について解説しました(くわしくはこちら)。
今回は、6つある法定除外事由(法18条3項各号)のうち、第4の法定除外事由である、「国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき」(同項3号)ついて、説明していきたいと思います。
3.法定除外事由
(4)国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき(4号)
・国の機関等の事務は、その実施に民間事業者の協力を要することが多いのですが、全てが法令に基づき情報収集をしているのではなく、実際には、民間事業者の任意の協力により情報を収集している現状があります。そこで、国等への任意の協力を容認する趣旨で本条が定められました。
・したがって、本条は、個人情報取扱事業者に対し情報提供を義務付けるための規定ではありません。さらに、次が重要なことなのですが、本条に該当する場合は、個人情報保護法違反にはなりませんが、他の法令上の義務を免れることにはなりません。例えば、医師等の守秘義務違反に該当するか否かは別途検討されますし、本条に違反しなくても、別途、患者さんのプライバシー権の侵害等に該当して損害賠償請求等の対象となることもあり得ることに注意です。
・「本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき」とは、同意を得るべきものが多数であって全員の同意を得ることが事実上不可能な場合、当該事務の性質から本人同意の取得により事務の遂行自体が阻害されるおそれがある場合等が該当します。
さっそく、具体例を見ていきましょう。
<具体例>
・警察から、患者さんの通院状況について回答を求められたとき
ー例えば、警察から、電話で「〇〇さんについて捜査をしているけれども、〇〇さんはお宅のクリニックに通院していますか」「〇月〇日〇時頃に通院していましたか」、「何という病気で通院していますか」等、尋ねられたご経験のある方も多いのではないでしょうか。捜査関係事項照会書による照会(刑事訴訟法197条2項)とは異なり、この場合は法律の根拠なく、完全に任意の協力を求められている場面です。「本人の同意を得ることにより当該事務の遂行(=捜査)に支障が生じる場合」にも該当するでしょう。したがって、医師等が、警察に協力して回答をしても、個人情報保護法違反にはなりません。
ーしかし、個人情報保護法には違反しないけれども、法令の根拠がない以上、医師の守秘義務違反(刑法134条1項)に該当するかどうかは別途検討が必要です。また、情報提供によりプライバシーを侵害されたとして、患者さんから損害賠償請求をされて認められてしまうかもしれません。
(参考:刑法134条1項)
医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
ー私見としては、法18条3項4号を根拠に警察に任意の協力をすることはお勧めしません。仮に、警察に協力する必要が高いとして個人情報を提供するにしても、捜査関係事項照会書(刑事訴訟法197条2項)の交付を求めて(証拠に残ります)、法令に基づく例外(法18条3項1号)として個人情報を提供すべきでしょう。
・統計法第2条第7項の規定に定める一般統計調査に協力する場合
ー統計調査には、基幹統計調査とそれ以外の統計調査(一般統計調査)があります。基幹統計調査の報告については、法令に基づく場合(統計法13条)として、目的外利用ができました(クリニックの法務と個人情報保護法その7)。ここでは一般統計調査に協力する場合が問題となります。
ー本例において、「本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき」とは、同意を得るべきものが多数であって全員の同意を得ることが事実上不可能な場合を指すものと思われます。クリニックの規模にもよりますが、患者さん全員から同意を得ることが事実上不可能な場合はあまり想定できないことからすれば、一般統計調査に協力する方針を取るとしても、可能な限り患者さんから事前に同意書を取ることが無難でしょう。
・災害発生時に警察が負傷者の住所、氏名や傷の程度等を照会する場合等、公共の安全と秩序の維持の観点から照会する場合
ー捜査とは異なる観点による警察からの照会です。災害発生時、どの地域の負傷者が重症かについて把握するために、負傷者の住所、氏名や傷の程度の照会に対して回答して警察に協力することは、公共の安全と秩序のために必要といえます。もっとも、この例の場合、「本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき」とは、同意を得るべきものが多数であって全員の同意を得ることが事実上不可能な場合でしょう。クリニックの規模にもよりますが、可能ならば事前に情報提供の同意を取ることが無難と考えます。
いかがでしたでしょうか。本条は、国等に対する任意の協力として個人情報を提供する場合の定めですが、本条があるからといって、医師等の守秘義務違反を免れるわけでもなく、本条によりプライバシー侵害等による損害賠償請求を免れる規定でもありませんので、本条を根拠に患者さんの個人情報を提供することは、慎重になった方が良いでしょう。
次回は、第5の法定除外事由である、「学術研究機関等が学術研究目的で取り扱う必要があるとき」(法18条3項5号)について、解説したいと思います。
お楽しみに!